癌の病態に関わる新たな分子機構を発見
日程 | 365体育app2年12月23日(水)11:00~11:30 |
---|---|
場所 | 和歌山県立医科大学 特別会議室(管理棟 2階) |
発表者 | 生化学講座 講師 西辻和親 助教 池﨑みどり 産科?婦人科学講座 博士研究員 岩橋尚幸 |
発表内容
ポイント
- p53変異型卵巣癌患者の癌組織にはp53と細胞表面の硫酸化糖鎖の一つであるヘパラン硫酸糖鎖が沈着していることが分かりました。
- p53変異型癌細胞が細胞表面のヘパラン硫酸糖鎖依存的に変異型p53アミロイドを分泌すること、変異型p53アミロイドの細胞による取り込みも細胞表面のヘパラン硫酸糖鎖依存的であることを明らかにしました。特に、p53アミロイドの細胞による取り込みはヘパラン硫酸糖鎖内部の特殊な構造「ヘパラン硫酸多硫酸化ドメイン」により仲介されました。
- p53アミロイドの伝播にはヘパラン硫酸糖鎖依存的な細胞による取り込みが必要であること、細胞により取り込まれた変異型p53アミロイドは受け手細胞側のp53機能に影響することも明らかにしました。
- 有用な治療標的遺伝子が見つかっていないp53変異型卵巣癌などにおいて、ヘパラン硫酸糖鎖やその硫酸基修飾を標的にした新しい治療ストラテジーの開発が期待されます。
1.背景
アミロイドーシスはタンパク質の凝集に起因する疾患群であり、異常な構造をとったタンパク質が不溶性のアミロイド線維として全身の様々な臓器/組織に沈着します。大きく全身性のものと限局性のものに分けられ、全身性アミロイドーシスには我が国でも熊本や信州に患者集積地があるトランスサイレチンアミロイドーシスなどが挙げられます。限局性アミロイドーシスにはアルツハイマー病などの神経変性疾患が含まれます。p53はヒトのがんで最も多く変異が見られるがん抑制遺伝子ですが、近年、癌細胞において神経変性疾患で見られるようなアミロイド凝集体が野生型あるいは変異型p53タンパク質により形成されることが分かってきました。このようなp53凝集体(p53アミロイド)はプリオン様の伝播性を有することが示唆されていますが、どのような分子により仲介されるのか、詳しい機構はまだ分かっていません。本研究では、p53アミロイドの伝播性に重要な分子の候補としてアミロイドーシスにおけるアミロイド沈着物に共通する成分であるヘパラン硫酸糖鎖に着目し、p53アミロイドーシス伝播機構の解明を行いました。
2.研究手法?成果
タンパク質凝集体のプリオン様伝播には、タンパク質凝集体の細胞外への分泌、それらの近傍の細胞による取り込み、そして取り込まれた凝集体のさらなる分泌といった過程が含まれます。まず、大腸菌に発現させた野生型p53組み換えタンパク質をインキュベートすることにより試験管内でp53アミロイドを調製し、それらの細胞による取り込みが細胞表面の硫酸化糖鎖、特にヘパラン硫酸により仲介されることを発見しました。次に、より生体内の条件に近づけるため、p53変異型卵巣癌由来の細胞株(OVCAR-3細胞)を用いて実験を行いました。その結果、OVCAR-3細胞はp53アミロイドを硫酸化糖鎖依存的に分泌すること、細胞はこの癌細胞由来p53アミロイドを硫酸化糖鎖依存的に取り込むことが分かりました。また、硫酸化糖鎖依存的に取り込まれたp53アミロイドは取り込まれた細胞からさらに分泌されることも分かりました。ヘパラン硫酸糖鎖内部には硫酸化修飾の度合いやパターンによりいくつかのドメインが形成されます。本研究では、細胞外スルファターゼにより生合成後に硫酸化度の調節を受けるヘパラン硫酸多硫酸化ドメインに着目しました。p53変異型卵巣癌患者の腫瘍組織にはp53アミロイドと共にヘパラン硫酸多硫酸化ドメインが沈着していました。これはp53変異型卵巣癌におけるp53沈着物が他のアミロイドーシスにおけるアミロイド沈着と同様の性質を持っていることを示唆しています。さらに解析を進め、p53アミロイドの細胞による取り込みは特にヘパラン硫酸多硫酸化ドメインが仲介することが分かりました。
最後に、細胞により取り込まれたp53アミロイドは受け手側の細胞にどのような影響を及ぼすのか、調べてみました。細胞に紫外線を照射すると、p53依存的な細胞死が起こります。ところが、p53アミロイドを取り込んだ細胞ではこれが起こらず、p53アミロイドにより正常なp53の機能が妨害されていることが分かりました。これはp53アミロイドが正常なp53の機能を妨げることにより癌病態に寄与する可能性を示唆しています。
今回の発見はフランス国立科学研究センターリール大学内村健治博士研究ディレクター、本学生化学井原義人教授、池﨑みどり助教、同産科婦人科学井箟一彦教授、岩橋尚幸研究員、京都薬科大学斎藤博幸教授、扇田隆司助教、岡山大学大学院島内寿徳准教授との共同研究の成果です。
3.波及効果
本研究により、癌細胞がp53アミロイドを分泌すること、分泌されたp53アミロイドは他の細胞の機能に影響を及ぼすことが分かりました。本研究により、p53変異型癌(卵巣癌、大腸癌、乳癌、肺癌など)におけるp53アミロイドやヘパラン硫酸糖鎖、特にその多硫酸化ドメインを標的とした新しい治療ストラテジーの開発が期待されます。
4.用語説明
5.発表雑誌
Naoyuki Iwahashi, Midori Ikezaki, Taro Nishikawa, Norihiro Namba, Takashi Ohgita, Hiroyuki Saito, Yoshito Ihara, Toshinori Shimanouchi, Kazuhiko Ino, Kenji Uchimura, and Kazuchika Nishitsuji
“Sulfated Glycosaminoglycans Mediate Prion-like Behavior of p53 Aggregates”
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
(米国東部時間2020 年 12月14 日付けの電子版に掲載)
DOI number: 10.1073/pnas.2009931117
https://www.pnas.org/content/early/2020/12/11/2009931117
和歌山県立医科大学医学部
生化学講座 講師 西辻和親